幼稚園の卒園式の際に「将来の自分の夢」を語るセレモニーがありました。
警察官…花屋さん…バスの運転手…
さまざまな夢が語られる中、私が語った夢は…
「武士になりたい」 というものだったそうです…(笑)

その思いは、いまも変わってはおりません。
新渡戸稲造氏は日本の国柄を「武士道」で表現しました。
人を思いやり、凛と背筋を伸ばし、生きる上での矜持を決して失わずに、その人生にまっすぐに対峙していく生き方。日本人本来の姿…それが武士道だというのです。う~む。。。現実の自分とは程遠い生き方だなぁ~(苦笑)
願わくば、私もかくありたいものだ!!
映画バカである私は、ほぼ毎日のように映画を消費しますが、最近観た映画の中で特に印象に残ったのが、上述したような武士道をテーマにした
映画「小川の辺」です。これは、とてもいい映画です。個人的には好きだなぁ~♪
劇中で主人公・戌井朔之助を演じる東山紀之さんがメチャクチャかっこいいのです♪多くを語らず。けれども清々しく誠実で、過酷な運命に対しても誠実に向き合っていく。それでいて暖かい…。パーフェクトな侍を演じていらっしゃったように思います。
とても好きな映画だったので、著名人のこの映画に対するコメントを読んでみました。
「朔之助がいいね。多くを語ることなく、降りかかる禍に正面から立ち向かう。本当のサムライの姿がそこにあります。こんな男に舵取りを任せておけば、この国もこうはなっていなかったでしょう。」作家・半藤一利さん「スクリーンの中の瑞々しい東北の山河が心に沁みる。登場人物も、みな、清々しい。ごまかさず、逃げず、慎ましく、気高く、懸命に生きる。ああ「いい日本人」に逢えた。」松平定知さんこの映画では失われつつある「日本人の心」をテーマにして制作が進められたそうです。上述したような著名人の言葉にもあるように、素朴で誠実な日本人の生き方=「武士道」は、いまの日本人にとって
「既に失われてしまったもの」なのでしょうか?だとしたら、とても悲しいことです。
映画のパンフレットにも、このようなコメントが書かれています。
どこか国としての形を失い、出口の見えなくなったこの日本で、時代の閉塞感のようなものに苛まれている私たちにとっての「羅針盤」、それが藤沢周平作品のような気がします。確かに、昨今の日本を取り巻くニュースを見ていると、一国民として義憤を感じてしまうようなニュースが多々目につきます。国難ともいえるこの時期、エゴ丸出しの国際社会の中で自らを主張できない日本。道徳心の欠如を如実に表すような醜聞が絶えずマスコミを騒がせます。
日本びいきの外国人の日本評にも胸が痛みます。
「かって日本はサムライの国であった。しかし、日本に来てみると、人々はアメリカの真似をした生活をしている。かれらの姿をみていると、いまの日本人は死をも恐れないサムライの心を失ったように思える。」
しかし、僕自身は現代の日本で「武士道が廃れた」とは思いません。

新渡戸氏は武士道を
「仏教、儒教、神道が合わさったできた大和心である」と説明しました。だとしたら、武士道とは武士階級のみが有する道徳観でもなく、死をも恐れぬ「武人の心」だけに留まるものではないのだと思います。
ごまかさず、逃げず、慎ましく、気高く、
正義を実践するための心=「勇」、
苦しんでいる人のことを心に留める=「仁」を常に心に抱く。
決して特別なことではないかもしれない。
けれども、身分や生まれに関わらず、すべての日本人が古来から培ってきた心。それが「武士道」であると、私は勝手に考えています。
そういう意味で武士道とは、軍事力に裏付けされたものではない、財力に裏付けされたものでもない、
「本当の意味での強さ」を体現するものなのでしょう。
武士道は日本人のDNAに刷り込まれた…日本人ならば誰もが有している「精神」なのだと思います。いまこそ目覚めよ!日本人のDNA(笑)
私自身は偉そうなことを言えるような人間ではありませんが…むしろ周囲の人間からは「腹黒い人間」、「諸悪の権化」などと言われていますが(爆)他者に対しても自分に対しても誠実でありたいな。そのように思います。またこの国の豊饒な歴史と伝統を、これからも愛していきたいと願っています。
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