武田信玄公の御生涯に深い敬慕の念を抱いている、管理人・大膳大夫カツヤの徒然なる日記を紹介致します。


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激闘!川中島合戦 【甲斐の信玄、越後の謙信】

これまでは「宿命のライバル信玄と謙信」と銘打って、戦国最強と謳われる武田信玄と上杉謙信の両雄を比較して参りましたが…いよいよ!両者が鎬を削りぶつかり合う激闘川中島合戦へと筆を進めてゆきたいと思います。
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  【岩国歴史美術館蔵「川中島合戦図屏風」より信玄・謙信の一騎討ち】

戦国時代のハイライトとして広く一般に知られている川中島合戦ですが…
この戦いが足かけ12年間もの長きに渡り行われ、その間に5回の対陣があったこ
とについては前回の記事で書きました!
(本ブログ「大殺戮戦の謎」参照)

私事になりますが…僕は、友人などに大好きな川中島合戦の話などを聞かせるのが大好きなのです(←迷惑なヤツ:苦笑)

しかし、今回のように川中島合戦の話をしていると、大概の友人は首を傾げます…「どうしてそんなに長い間二人は戦ったの?飽きなかったの?」うむむむ…なかなか鋭いところを突いて来ますね(笑)

そう!なぜ両雄はこのように気の遠くなるような長い時間をかけて戦い続けなければならなかったのでしょうか?前回と重複しますが…まず両雄が抱いていた戦争の目的を簡単に整理してみましょう♪


-武田信玄の場合-

f0022982_4185911.jpg武田信玄は戦に関して「後途の勝ち」が大切である!と説きました。

「後途の勝ち」とは後々の勝ちのこと…すなわち、信玄は合戦を行うことによって領地を広げ…自らが治める国を豊かにしてゆくことが大切であると考えていたのです。

僕が考える武田信玄の凄さ…それは徹底して「合戦」というものを損得勘定で行った点に求められると思います。「この戦いは本当に必要な戦いなのか…この戦いを通して本当に国が豊かになるのだろうか…?」 信玄の行動を見ていると、彼が常にそのことを意識しながら行動していることがよくわかります。

悪く言えば損得勘定でしか戦いをやらない男…しかし信玄は「戦い」というものを勇壮な綺麗ごととして捉えるのではなく、あくまでも冷静に…政治・経済の延長線上にあるものとして考えていたのでしょう。逆に言えばそういった点が信玄のカッコよさだと思うのです♪

武田信玄が中国の兵法書『孫子』に深く傾倒していたことは有名ですが…その『孫子』の一節に次のような言葉があります。

兵とは国の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからずなり
戦争というものは国家の重大事であり、慎重な態度で臨まなければ自分自身だけではなく、国民さへも滅ぼしてしまう。。。そんな戦争の恐ろしさを誰よりも知っていたのが信玄だったのではないでしょうか?

ドイツの軍事史家クラウゼヴィッツも『戦争論』の中で次のように述べています。「名将たるの真の価値は、人目をひく名作戦にはなく、目的を達成するか否かにある」この文章を読んだとき僕は「まさに武田信玄のことじゃないか!」とビックリしました。

信玄はそういう意味においても戦国という時代を超越した天才だったといえるでしょう。


-上杉謙信の場合-

f0022982_4535413.jpg周辺諸国との戦いを勝ち抜き…順調に領国を拡大してゆく武田信玄の前に強敵が立ちふさがります…それが越後国の戦国大名・上杉謙信でした!

上杉謙信は少し変わった人間です。武田信玄とは対照的で、「領土」というものに対する執着心や欲望というものを殆ど持って居なかったと伝承されています。

ただ戦争に関しては天才的な強さを誇り…むしろ芸術的な欲求から闘争を求めていた感があります。また謙信の戦争にかける情熱は徹底しており…軍神・毘沙門天に対し「常勝不敗」を祈願し…その代償として生涯女性を身辺に近づけなかったと言われています(苦笑) 謙信は生涯を独身で通しました。

領土的野心を持たない謙信…では何のために戦い続けたかというと…

「弓矢の正しきによる」つまり正義の為に戦うと言うのです。なんだか上述した文章と併せると…ますます謙信という人は不思議じゃないですか?浮世離れしているというか…アクションヒーローみたいですよね(苦笑)

けれども居たんです。。。こんな人が(爆)
そしてこんな上杉謙信の目に、あくまでも損得勘定で合戦を行う武田信玄は「卑怯者」または「悪者」と映ったようです…

そして信玄に敗れ国を追われた信濃国の武将たちが謙信の元へ亡命したとき…謙信の怒りは頂点に達します


信玄故なく人の国を奪う。信濃の名族たる者その風下に立つべきにあらず!来たりて我に援を請う。身不肖といえども己を知る者のためにあえて力を尽くさざらんや
                                      『謙信公記』

「信玄め!天に代わりてこの謙信が必ず退治してやる!」敵意を剥き出しにした上杉謙信…両雄の対決の時はせまります…。


     -つづく-

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by takedasikon | 2006-04-06 05:22 | 武田信玄