武田信玄公の御生涯に深い敬慕の念を抱いている、管理人・大膳大夫カツヤの徒然なる日記を紹介致します。


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川中島の激戦から…446年!

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本日9月10日は日本史上、最も熾烈を極めたと言われる川中島合戦の行われた日となります(もちろん太陰暦と太陽暦の違いにより実際の日時とズレが生じてきますが:汗)

世に稀代の名将と謳われた武田信玄と上杉謙信が知略の限りを尽くしたこの合戦!立ち込める濃霧の中で勃発した遭遇戦は文字通り「最後の一兵までが争う」大決戦となりました。僅か半日の激突による死傷者は『大日本』に依ると、両軍合わせて2万6千9百人にも上ったと伝えられます。

数々の伝説により彩られるこの合戦…。
上載した写真にあるような総大将同士の一騎打ちの伝説は「戦国時代のハイライト」と言っても過言では無いと思います。
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また、現在放映中のNHK大河ドラマ『風林火山』の主人公・山本勘助もこの乱戦の最中に命を落としたと伝えられています。

(↑は川中島古戦場に建つ山本勘助の墓)

生まれながらの異相ゆえに人から信用されず暗い半生を送ってきた山本勘助。

武田信玄にその才能を見出された彼は、それゆえに信玄の為に働くことを無常の喜びとしたと伝えられています。しかし川中島決戦では、自分の献策した「きつつき戦法」を謙信に見破られた為に武田軍は一時苦境に立たされます。

責任を感じた山本勘助は周囲が止めるのも聴かず「行くは流れの如し!」と敵中に切り込み、近づく敵を13騎も斬り倒しましたが、ついには力尽きたと伝えられています。
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(↑は信玄が一時本陣を置いたと言われる茶臼山から見た川中島古戦場)

様々な伝説に彩られた川中島決戦!

…しかし、現存する第一級の史料からは「当日、そこでどのような合戦が行われたのか?」その真相を突き止めることは出来ません。

1561年9月10日…この地で信玄と謙信による合戦が繰り広げられ多数の戦死者が出たことは確実ですが、その詳細が分らないのです。

伝説が伝説を呼ぶ川中島決戦!
私はこの地に立つ度に「ここで一体何が起こったのか?本当のことが知りたい!」という激しい衝動に苦しめられます(笑)

ただ川中島合戦は数々の伝説に彩られ…その伝説が、川中島に立ち込める濃霧のように真実を覆い隠しているが故に、我々に浪漫を感じさせてくれるのかもしれません。
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(↑は川中島古戦場に残る無名戦士の首塚です)

武田信玄と上杉謙信…。

両雄の夢に己の運命を賭し、戦場の露へと消えていった無名戦士の墓。
複数あったと伝えられるこれら戦没者の墓は、長い年月の中で埋もれてゆき現在は2基を数えるだけになってしまったと言われています。

ひっそりと建つ首塚の前にたたずむと、彼らの無念の思いが…彼らの帰りを待っていたであろう近親者の慟哭の声が…聞こえてくるような気がします。

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by takedasikon | 2007-09-10 02:18 | 武田信玄