武田信玄公の御生涯に深い敬慕の念を抱いている、管理人・大膳大夫カツヤの徒然なる日記を紹介致します。


by takedasikon
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カテゴリ:武田信玄( 62 )

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思い立ったが吉日!
…ということで、仕事帰りに(前日は午前中に仕事がおわったので)、車を飛ばし…そのまま川中島古戦場に来ています!スーツ姿のまま。。。なんだか行楽とはチグハグ風景ですが(汗)
そんなことは気にしない!

あの戦いから450年。。。
感慨深いものがあります。取り敢えず、この戦いで命を落とされた「もののふ達」を偲び慰霊を続けます。スーツ姿で線香を焚きながら、川中島の古戦場を彷徨っている人間がいたら…多分それは私です(苦笑)

また、詳細はレポします♪
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それにしても…
武田信玄公の生涯は、探究すればするほどに奥深い…

どのような困難にも、冷静沈着・果敢に立ち向かう信玄公。。。
数ある戦国武将の中で、家族への愛情を示す文書が多数散見されるのは武田信玄公だけなのだそうです。しかし、信玄公が家族との関係において非常に不幸な宿命を背負っていたとは周知の通りです。。。

人間信玄と、数多くの命をあずかる国主としての信玄公の実像との間に生じるギャップを見るとき…

戦国の世の厳しさが身につまされます。。。

そして信玄公の胸内を思うと、察するにあまりあるものがあります。現代の世にあっても、誤解されることの多い信玄公。しかし、私はそんな信玄公に惹かれます。ずっと彼の味方でありたいと思うのです。
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by takedasikon | 2011-11-27 08:14 | 武田信玄
長らくご無沙汰しておりました…(>_<)
仕事が忙しくて…忙しくて。。。連日日付が変わるまで職場で仕事をしているような状態だったので、当ブログも放置状態になっておりました。申し訳ありませぬ!

さて、「武田信玄公になろう!」というタイトルで甲冑体験レポをさせて頂いております。
私の文章はダラダラと長いので(苦笑)小具足の状態になるまでに、既に4回の更新を費やしてしまいました(汗)5回目に至って漸く甲冑の着用です!

前回の状態から…剣道の胴を着すような形で、鎧を着し、その上から鳩尾板という二枚の板を、胸からぶら下げます。喉輪を着した後に…いよいよ信玄公のトレードマークでもある「諏訪法性兜」を戴きます。
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いかがでしょう?(笑)
管理人・大膳大夫カツヤによる
               武田信玄公姿です(爆)

本当は信玄公のように、軍配団扇を手にしたかったのですが…どうやら軍配団扇は他のスタジオに移動していたようで、やむなく(笑)金の日輪扇を手にしてみました。やはり…武田信玄公と言えば、諏訪法性兜に軍配団扇がトレードマークですよね♪
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この後、高津商会さんのスタッフの方々から色々な角度から写真を撮って頂けました。
それぞれの写真については次回に!
今宵はこれまでにしとうござりまする。。。。
つづく
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by takedasikon | 2011-10-23 13:59 | 武田信玄
世の中は三連休…f0022982_19183232.jpg
皆様はいかがお過ごしでしょうか?

私は強行軍で山梨県へ…
山梨県立博物館で開催されている
「シンボル展・川中島の戦い」を観覧するのが最大の目的!また、武田神社・宝物館で開催されている「慰霊・長篠の戦い」も楽しかったです♪

武田信玄公を体感し、実りのある時間を過ごせました♪
また機会があればご報告します!

さて…!
甲冑体験レポの続きをご報告します(^-^)f0022982_1924274.jpg

前回は、帷子&袴をつけるところまで記事にしました。いよいよ、本格的に甲冑を着していきます。 

…と、その前に
より武将らしく見えるために、高津商会のスタッフさんからメイクをしてもらいます(笑)

私は生来の色白(以前、浴場で「牛乳プリンみたいな肌!?」と揶揄されるくらい:苦笑)なので、爽やかに!?逞しく見えるようにドーラン化粧で肌の色を濃くしていきます!あと、眉を凛々しくギュッ!と太くして頂きました!

スタッフの方から「男の方なのに肌が綺麗ですね!」と驚かれる。
あまり自分では気にかけていませんが、最近よく肌が綺麗と褒められます(笑)

まず初めに「すね当て」を着します。
その名の如く、敵の斬撃から「すね」を守るための防具です。
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続いて「佩楯」(はいだて)です!
エプロンのように腰に巻きつけます!大腿部を防御するためのもの!
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続いて「籠手」を着します!
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f0022982_1939121.jpg以上の防具を装着した状態を
「小具足」といいます。

鎧自体はまだ着していないのですが、防御力はUPしていますし普段着のように動きやすいです。

戦場にあって…実際に合戦が行われていない間、武将たちはこのような「小具足」姿で敵陣に臨んでいたのではないかと思われます。

随分と武将らしく!?
なってきましたね(笑)
この上に、胴・袖・兜・喉輪などを着けていくのですが…すべてを装着すると重さは20kgを超えます!
胸や腰なども固定されているので、転んでしまうとなかなか起き上がれなかったのではないでしょうか…(笑)
つづく
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by takedasikon | 2011-09-19 19:44 | 武田信玄
さて、間に「川中島合戦450周年」の記事をはさみましたが
甲冑体験レポの続きを書きたいと思います。

高津商会さんに着くと、沢山の甲冑が出迎えてくれます!
真田幸村に、織田信長に、石田三成に、黒田長政に…。
これだけでも甲冑ファン!歴史ファンとしてはテンションが上がってしまいますね(笑)
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この他にも、まだまだ多数の甲冑が所蔵されているとのことでしたが
私たちが訪れた際には、上述したような方々の甲冑が展示されていました。
下の写真は徳川家康殿と石田三成殿の甲冑。奇しくも関ヶ原で覇権を争った両雄です。
恐るべし高津商会殿…(笑)

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…と、甲冑を眺めてテンションが上がりっぱなし!
早速、我々も甲冑を着用してみましょう!

昨日のブログにも書きましたが、本格的な甲冑を体験するのは今回で2度目!
以前は甲府市で開催された「信玄公祭り」で、武田信玄公の弟・武田信繁公役を賜り♪
信繁公の甲冑を着させてもらったことがあります。


基本的には、その時と同じ…
甲冑を着る際には、まず帷子と袴に着替えます。黒の足袋に草鞋を履かせてもらいます。
ただ、信玄公祭りの際と異なる点は、服のまま!その上から帷子と袴を着す点です。

実際に写真で表すと以下のようになります。
帷子の下にはポロシャツ。袴の下にはジーンズを穿いているのですが
…どうですか? あまりわかりませんよね?
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後ろから見ると、このような感じになります。
さて、次回からはいよいよ本格的に甲冑を着していきます!

 つづく 
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by takedasikon | 2011-09-11 22:18 | 武田信玄
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本日、9月10日は「戦国最大の激戦」として名高い永禄4年の川中島合戦が行われた日!

また450周年の節目となる日でした!勿論、戦国時代の暦と、現代の暦は一致していないのでズレはあるのですが…それでもファンとしては、血沸き肉躍る一日であったのです(笑)

朝から時計を眺めては「川中島合戦」をシミュレーション(苦笑)決して暇人と言うなかれ♪
おかげで、仕事の合間も退屈せずに一日過ごせました。はははは…(^^;

武田信玄公 VS 上杉謙信公

【午前6時:濃霧の中で武田軍と上杉軍が遭遇!激戦の幕開け!】
武田軍の奇襲作戦を見抜いた上杉軍は、川中島に兵を進め武田軍本隊に攻め込む!

【午前7時:上杉軍優勢】
兵力にまさる上杉軍が圧倒的に攻めるも、
武田軍も別動隊の到着を待ちながら必死に防ぎます!

【午前9時:武田信繁公、討死!】f0022982_20142972.jpg
上杉軍の猛攻の中、武田信玄公の実弟にして
武田軍の副将・武田信繁公が討死されました(涙)

右の写真は、【第39回・信玄公祭り】において武田信繁公役を演じさせて頂いた私です(笑)

不思議な縁で信繁公役をやらせて頂いてから、より一層!この方への思い入れが強くなりました。武田ファンのみならず、歴史がお好きな方で信繁公が嫌いな方は…多分いらっしゃらないのではないかと思います。

中国のあらゆる古典に精通した学識の高さ!控え目で人当りの良い柔和な信繁公は、常に兄・信玄公を支え続けました。

信玄公も、信繁公のことを深く信頼し、二人は固い絆で結ばれていたと伝えられています。

川中島合戦では、兄信玄を救うために身代わりとなって命を落としました。合戦が終了した後に、信玄公は信繁公の遺骸にすがりつき、人目もはばからずに号泣したと伝えられています。また、武田信繁公が息子に宛てて残した家訓に次のようなものがあります…

「帰るときは前もって使者を出すこと。突然の帰館では留守の衆の不行儀が目につき叱責ということになる。細かいことまで詰問していては際限がありませんよ」

部下を気遣う優しい信繁さんの性格がにじみ出ているような気がしませんか?
信繁公の墓は、いまも川中島・典厩寺にあります(合掌)

【午前10時:大将同士の一騎打ち】
上杉謙信公は、一気に勝負を決するために、
武田信玄公の本陣に切り込みました! (上の写真を参照)

【午前11時:別働隊到着】
上杉の別部隊の妨害を突破した武田軍別働隊が、主戦場になだれ込む!

【午前11時:形成逆転】
戦いの流れが変わり、新勢力に押されて上杉軍はやがて敗走…。

【午後5時:幕切れ】
両軍死力をつくした合戦は、勝負のつかないまま幕切れとなりました。
両軍の戦死者は合わせて8千人に及んだと伝えられます。
川中島は血に染まり…あたかも地獄のような様相を呈していました。。。

戦国最大の激戦と伝えられる川中島合戦!
勇壮な武者物語の裏では、武田信玄公・上杉謙信公に夢を託し…戦場に散って行った名もなき戦士たちの存在があります。

今夜は、そんな彼らを偲んで一献傾けたいと思います。
今夜飲むのは川中島の地酒「白い純米酒・川中島」です(笑)

今宵は、武田信繁さんと呑んでみたい♪
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by takedasikon | 2011-09-10 21:06 | 武田信玄
前回からお伝えしている甲冑レポの続きです♪
私が、どこで武田信玄公の甲冑を着用したかというと…京都にある高津商会さんでお世話になりました。高津商会さんは、映画やドラマなどの舞台装飾などを手掛けられている会社で、昨年の冬から「武将になろう!」という企画を起ち上げられ、映画などで使用される甲冑を体験できるコーナーを設置されたそうです。

興味を持たれた方は、こちらへ…
高津商会さんのホームページ
http://www.kouzu.jp/busho/index.html

ネットで、この情報に接し!職場仲間に「甲冑着たいと思わない?」と訊ねたところ「着たい!」即答だったので(笑)「では行くか」「いこう。いこう。」…そういうことになったのです。
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↑これが、その高津商会さんです♪
おお~!いかにも甲冑を着用できそうな店構えです!

店内に入ると、さまざまな映画やドラマのポスターが!
来年公開される映画「のぼうの城」の甲冑も、この高津商会さんが提供される甲冑なのだそうです。「のぼうの城」私も楽しみにしています。

スタジオに入ると、スタッフの方の御心遣いで「大河ドラマ武田信玄」のテーマが流されており、いやがうえにも武田武士のDNAが刺激されます(笑)ちなみに今回のオーダーは
管理人・大膳大夫カツヤは武田信玄公。職場の仲間は伊達政宗殿でした。
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つづく

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by takedasikon | 2011-09-04 11:02 | 武田信玄
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いきなり「意味不明な写真」が飛び出しましたが(笑)憧れの武田信玄公甲冑を着用した私です♪

いささか子供じみてはいますが(汗)
甲冑ファンとして…何よりも武田信玄公を「終生の師」と仰ぐ私にとっては、こういう甲冑体験も楽しく幸せな時間です(^-^)

少しでも信玄公に近づきたい…いや、むしろ信玄公になりたい!(爆)

そういう願望が幼児の頃よりあります。武田信玄公のことを知りたい!もっと武田信玄公のことを感じたい!…その欲求が私の人生の原動力になったと言っても過言ではありません。大学&大学院に進学した目的も「武田信玄公のことを勉強したい!」でしたし…もちろん学位論文のテーマはすべて武田信玄公♪

現在の職業に就いた理由も、武田信玄公のことを人に伝えたい…また自分の研究を前進させたい…との野望があったからです。ただ、最近では忙しさと怠惰にかまけて継続的な勉強ができていないのが反省点なのですが。。。(汗)
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さて、この甲冑。いわゆる本歌(実際に武田信玄公が使用された本物)ではありません。(誤解を招かないようにね:笑)私が着している、この甲冑は武田信玄公をイメージして作成された「現代の甲冑」になります。

用途は、主に映画やドラマなどの撮影用!
この甲冑は、数年前に放映されたテレビ東京の時代劇『国盗り物語』で、武田信玄公を演じられた中村敦夫さんが着用されたものです。右の中村信玄公の写真と、上の不肖私の甲冑を比べると、同じものであることがわかるでしょ?なぜ、そのような甲冑を私が着用して遊んでいるのか?(笑)そのレポートを書いていきたいと思っています。

 ―つづく― (…と、思います:笑)  

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by takedasikon | 2011-08-31 13:18 | 武田信玄
久しぶりの更新ですね(苦笑)
昨日は、久しぶりに比叡山に登ってきました。比叡山は京都市の北東部に位置する山で、その昔は京都の鬼門を守る役割を担っていたと言われる仏教・天台宗の聖山です。鎮護国家の大道場(国の平和と発展のために祈りを捧げる聖地)として、現在も日夜、数多くの僧侶の方々が祈りを捧げられています。

私が敬愛する武田信玄公も、比叡山延暦寺に対する信仰が厚く、信長の焼き討ちにより焼亡した比叡山の復興を悲願としていた…と伝えられています。

そんな比叡山ですが、現在、黒沢明監督生誕100周年を記念するイベントが開催されていていますその一環として「大甲冑展」なるものが行われており…それを観に行ったのです。目指すは武田信玄公の甲冑!(笑)
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比叡山山頂は霧が立ち込めており…
上の写真のように水墨画のような…幽玄な世界が展開されていました。
地上とは異なり、山上ではいま桜が満開です。霧の中…桜の花に誘われていると、この世ではない異界に紛れ込んでしまいそうな。。。そんな雰囲気が漂っていました。
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そして…今回の比叡山紀行で、一番見たかったのが、この「ミロクの石仏」です。大きく損傷していますが、これは織田信長による比叡山焼き討ちの際に受けた傷と伝えられています。観光客も現れない山中に、ひっそりと佇む石仏…深閑とした静寂と木々の中で、優しげな表情で道行く人を見守ってくれている…そんな風にも感じられます。

漫画『センゴク』(私の好きな戦国時代を題材とした漫画です)の中では、この石仏に抱かれるようにして「お鹿」という名の少女が命を落とすシーンが印象的に描かれています。
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←劇中で命を落とす「お鹿さん」
このお鹿なる人物は、漫画の上で創作された架空の人物なのですが、幼い頃より時代に翻弄され続けた悲劇的な人物として描かれます。

そんなお鹿が、生まれて初めて恋をします。愛する人を救いたい!その一心で、お鹿は、信長による攻撃を受けている最中の比叡山に飛び込んでしまいます。自分の命と引き換えに、愛する人を救ったお鹿は瀕死の傷を負いながら、この石仏の元にたどり着きます。そしてこの石仏に抱かれるようにして「恋は明るいもんじゃったよ」と語りかけ、命を落とすのです。

涙脆い私はこのシーンで当然、落涙です(苦笑)
この挿話はもちろん創作ですが、この石仏の見守る中…叡山では多くの人々が命を落としました。傷ついた石仏は、そんな愚かな人間の業を受け止めるかのように、今も数百年の時を超え優しげな笑みを浮かべ佇んでいます。

さて…いよいよ!私が会いたくて仕方がなかった信玄公甲冑との対面です。
詳細は次回に!下の写真は武田信玄公甲冑(右)と上杉謙信公甲冑(左)です。
かっちょいい~!
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by takedasikon | 2011-05-02 16:51 | 武田信玄
武田信玄公はどのようなお顔をされていたのか?
…というテーマで、前回から記事を書いています。一般的によく知られている「武田信玄画像」に対して「本当に信玄公を描いた絵なのか?」という疑問が出される中、近年注目を集める画像があります。それがこの画像です。
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この画像は、東京の浄真寺というお寺に伝わるもので、信玄公と同じ時代を生きた武将・吉良頼康の画像として同寺に伝えられてきました。

しかし…
近年この吉良頼康像こそが、幻の武田信玄像ではないか!?という説が提唱されているのです!


【信玄像をめぐるミステリー】
信玄公とゆかりの深い高野山の成慶院には、武田家から当寺に納められた宝物の内容を記した目録が残されており、その中には「武田信玄公寿像」(生前に描かれた肖像画のこと)という文言がみられます。

高野山成慶院は有名な下の画像こそが、「目録に出てくる信玄公像」である!と主張してきました。皆さんのよくご存知の信玄公のイメージの元になった画像ですね。
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しかし、この主張には大きな矛盾点がありました。
先述した武田家の目録には「信玄公の画像は、信玄公の弟である武田逍遥軒によって描かれた」という説明が書かれていますが…上の画像の作者は有名な長谷川等伯であるということが落款などから読み取れます。…ん!?となりますよね(笑)

また、話は変わりますが当時の絵師たちは自分の技術を向上させるために、有名な絵画の模写を行う風習がありました。実は、いまも日本各地には「高野山成慶院にある武田逍遥軒が描いた武田信玄像の模写です」という但し書きのついた画像が数点残されているのです。

なんと、それらの画像はいずれも冒頭に掲載した伝・吉良頼康像と同じ構図の内容になっているのです。不思議ですよね~!

いったいどうなっているのでしょうか?

つづく

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by takedasikon | 2010-07-23 11:49 | 武田信玄
いよいよ夏休み突入!
さぁ~!溜め込んでいた「やりたいこと」を満喫するぞ~!

…ということで、久しぶりにブログの更新です(笑)

以前から更新が滞っていた「武田信玄公の顔」について、続きを書きます(遅っ!)

皆さんは「武田信玄公」といえば、どんなイメージを持たれているでしょうか?
大概の方がドッシリとした大柄な体格に、鋭い眼光、豊かな八の字型の髭をたくわえた
姿を想像するのではないでしょうか?
このイメージは、教科書などでも紹介される高野山成慶院蔵「伝・武田信玄公寿像」によるものです。

しかし、近年この画像は「武田信玄公の肖像画ではない!」という学説が出され、この説に賛同する意見が主流になってきました。

そのため、中学生が使用する教科書や資料集から、従来の武田信玄像は使用されないようになってきました。代わりに教科書などで「武田信玄の肖像画」として、最近よく紹介される画像が、これです。
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どうですか?武将というよりも、学者のようにも見える細面で爽やかな風貌ですよね。
私自身が抱いている、武田信玄公のイメージは、この画像とピッタリなのですが…。


この画像は高野山持明院が所蔵している画像で、武田信玄公が国主になったばかりの、若き頃の姿を映したものだと伝えられています。信玄公の跡を継いだ武田勝頼公が、滅亡直前に自身や親族の肖像画と共に、高野山に奉納したものだという伝承があります。

私自身も、この画像を3回、実見したことがあります。「武田信玄公はこのようなお顔をされていたのだろうか…?」ワクワクするようなゾクゾクするような、不思議な感覚に捉われながら、小一時間ほどこの画像の前から離れられなかった思い出があります(笑)

ただ、近年この画像にも「本当に武田信玄の画像なのだろうか?」という疑問が出されるようになってきました。

では、信玄公はどんなお顔をされていたのでしょうか???

つづく

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by takedasikon | 2010-07-22 11:12 | 武田信玄