武田信玄公の御生涯に深い敬慕の念を抱いている、管理人・大膳大夫カツヤの徒然なる日記を紹介致します。


by takedasikon
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こんばんは♪ 最近では「歴史ブログ」から離れて、プライベートな話題ばかり扱うブログに変貌してしまいました(汗)

もう少しすれば…時間的なゆとりが出てきますので、そろそろ本格的に歴史ブログに回帰してゆこうかと考えています(笑)今日も相変わらずプライベートな話題について書いてゆきますが(苦笑)その前にお礼を述べておかなければなりません…

前回までのブログの内容に関して…僕の凹みぶりを見て(苦笑)心配して下さった方々から沢山のメールを頂きました。
見ず知らずの初対面の方々からも沢山のメールを頂き…驚くと同時に、励まされました♪ありがたいことです。どうぞこれからも当ブログを…管理人・大膳大夫カツヤを宜しくお願いいたします(^-^)
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上掲した写真でお分かり頂けるかと思いますが…日曜日にオーケストラのコンサートに行ってきました。オーケストラを生で聴くのは、もう何年ぶりのことだろう…個人的にはクラシック音楽は大好きで、自宅でもCDをよく聴くのですが…やはり「生」は素敵ですね♪

今回、このような素敵なコンサートに足を運べたのは、Hさんに招待頂けたからです♪Hさんは、このオーケストラに所属される楽員さんで…前回までのブログでグダグダになっていた僕に一筋の光を投げかけて下さった方です。

Hさんの暖かい言葉がなければ…僕はまだまだグダグダと弱音を吐いていたかもしれません(爆)その上、こんな素晴らしいコンサートに招待して頂けるとは…いくら感謝の言葉を述べたとしても足りない程です(^-^;

今回のコンサートで取り上げられたのは…
ワーグナー
楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲

チャイコフスキー
幻想的序曲「ロメオとジュリエット」

ブラームス
交響曲4番 ホ短調 作品98

どの曲も素敵でした。今回のコンサートを通して…改めて「音楽は素敵だな」と感じることが出来ました。沢山の演奏者の…それぞれの想いが一つとなって、音楽が奏でられる…。それはあたかも「水の雫」が集まって大河を形成しているのと同じだと思ったのです。

一人一人のチカラは所詮は「一滴」なのかもしれない…一滴だけでは、大きな流れ(一つの音楽)を形成することはできないだろう。

けれども大きな流れは、その「一滴」が集結することによって初めて形成される。その「一滴」がなければ…その音楽に携わる人々の「それぞれの想い」がなければ、決して成立しないものだと思えるのです。音楽の「いろは」も知らぬ僕が、何やら理屈っぽく偉そうなことを言ってしまっていますが…(汗)

演奏している方々の表情を見せて頂くと…皆さんとても幸せそうで…楽しそうで…正直「羨ましいな」そう思えたのです。それは、この楽団の方々が「一滴」に見え…そして、その音楽を「大河の流れ」として感じられたからなのだと思います。

僕は趣味で武道の稽古に励んでいますが…その世界で重視されるのは「いかして自己と向き合うか?」ということです。同じことは音楽の世界でも重視されているのかもしれませんが、その度合いは武道の方が重いように思えます。どちらの方が優れている…という話ではなくて(笑)(そもそも両者を同じ土俵の上で比較するのは無理な話かもしれませんが:爆)

オーケストラには、異なる輝きがある…

だからこそ…今回の演奏会を通して「音楽って素敵だな」…そう思えたのかもしれません。とても勉強になり…癒される時間でした。

また足を運びたいな♪

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by takedasikon | 2006-08-22 00:55 | そこはかとなく想う…
眠れぬ…(苦笑) このような弱い精神力では駄目ですね。
今日は一つ報告すべきことがあります。現在、僕は自分の自己実現の為に或る試験を受けています。その試験の結果が出ました。「合格」です。まずは一つ肩の荷が下りました。
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今回の試験は…自分の為だけの試験ではなく、お世話になった方々への御恩返しの為にも、なんとしても合格したい試験だったのです。この試験に合格することは…遠い昔に、大切な人と交わした約束でもありました。だから何としても良い結果が欲しかった。

まだまだ…これからも試練の日々が待ち受けていますが…まずは勝利です!この調子で更に精進し…邁進してゆきたいと思います!このような場で申し訳ないけれども…こんなブログを読んで下さっている(苦笑)身近な方々からも、沢山の支援を頂きました。どうもありがとう。

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合格はとても嬉しいことだかれども…正直なところ、プライベートな面で色々と問題がありましたから…なんだか複雑な気持ちです。我侭な言い方をしてしまえば「よりによって…どうしてこんな時期に?」という想いがある(自爆)

胃が痛いし…今日のように眠れない夜をボォーっと過している。。。
先日は風呂に入った際に髪の毛を掻き上げると…バサッと髪が大量に抜けて、手がモジャモジャになっていた!?「ひぃ~っ!このままじゃハゲてしまうぞ~!嫌じゃ~!」(笑)

僕は一般の人よりも髪の毛が随分と多いらしい…散髪に行くと「髪の毛多いですね~」とよく驚かれる。その分…すぐに頭がモコモコになってしまうのだけれどもね…。けれども…ストレス性の脱毛は嫌だなぁ~(汗)

冗談はさて置き…正直なところ、この数日間(いや…ことの発端から考えると数ヶ月になるのだろうか?)は振り返えると随分と追い詰められていました。

僕の独りよがりなのかもしれないけれども…「なんとかしなければ…」と、見えない焦燥感に苛まれていましたし…。自分の責任だから…自分の手で、その人の笑顔を取り戻さなければならない…。そんな変な使命感のようなものも胸の片隅にあった。(結果としては、そのような僕の気持ちが相手までも追い詰めてしまったのかもしれません…)

一番嫌だったのは猜疑心かもしれない…
ことの原因がわからなかったから…まるで暗闇の中を手探りで駆け抜けているような感覚でした。…だから…というのは言い訳なのかもしれないけれども、色んなことに対して疑いを持ってしまいました。そのことが一番辛かった…。

信じられぬ…不信感が募る。疑う…猜疑心を募らせる。

このことは想像していた以上に精神的な負担でした。自分自身に対して疑心暗鬼になってしまう。そのことはいいのです…ただ自分にとって大切な人にまで疑心暗鬼になってしまった時、目に見える景色・色彩の全てがモノクロになってゆくような感覚を覚えました…

人を疑うことは辛いことです。
だから…今だからこそ、こう思えるのかもしれないけれども…今回の件で、僕が気に掛けている相手も…凄く苦しかったのだと思う。疑うことが苦しみであるとするならば、その子の苦しみは想像を絶するものなのだろう。

今回の件で、僕は対人関係上…生まれて初めて、この上ない侮辱を受けました。僕の全人格を否定されるような言葉であったし、物凄く屈辱的だった。

物凄く悲しくて…腹が立ったけれども。
それでも、やはり相手の「痛み」を少しでも理解できたら…今となっては思う。赤の他人ならば、こうは思えなかっただろう。

けれども…少なくとも僕は、相手の尊敬できる部分を知ってしまっている。相手の方が心に宿している美しくて優しい心を知っている。その人の真摯な姿を知っている。その人が苦しみを抱えていることも知っている。その人の持つ暖かさを知っているのです。

だからこそ…悲しい。だからこそ…大切にしたい。

相反する感情が僕の中でグチャグチャになっています。時々、身体の中をどす黒い鯰が身を捩じらせながら暴れているような感覚に陥る(笑)ドクンドクンと…押さえつけられない力で暴れるのです(笑)


昨日は、或る人と図らずも2時間ほどジックリと話す機会がありました。
僕はその人のことをあんまり知らなかったのですが…その人は「自分の心の中に秘めている秘密」について僕に語ってくれました。その会話の中で、僕はその人がいかに真摯に人と向き合っているのかについて教えられました。

上述したように…猜疑心や不信感に苛まれていた僕にとっては、凄く暖かい話だった。正直なところ…僕はその方のことを、これほどまにで真摯な方だとは昨日まで気付けませんでした。僕の中にドロドロと溜まっていた澱のような淀みが…その人の醸し出す清流によってドッと清められたような気がした。救いでした。

悩むな!

そう言われても…悩むことは止められないのかもしれない。今回の件で僕の中に生じた「悩み」は、そう簡単には消せないだろう。けれども…人に対しては真摯でありたい。自分にとって大切な人を守れるような強さを持てる人間になりたい。そう思っている。
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by takedasikon | 2006-08-13 06:04 | そこはかとなく想う…

苦しい…

今日は弱音を吐かせて下さい…。
ん?いつも弱音を吐いてる?(苦笑)そうかもしれませんね(^-^;

個人的な話になってしまいますが…昨夜は私の「対人関係」上、由々しき事態が発生しました。なんだか闇討ちされたみたいな気分です(笑)背後から頭を思いっきり棍棒か何かで殴られたような気分…

それでも…心の中は意外と平静なのです。感情の波が揺らがない…自分でも驚くほどに無反応なのです。不思議だ…けれども、正直なところ…「何を信じてよいのやら…」という…不信感が時間を経るにつれて自分の中で大きくなってきています。なんだか心の中が空洞化してゆくような感じなのです。

特定の人間に対して不信感を抱いている訳ではない。特定の事象に対して不信感を抱いている訳でもないのです。ただ漠然と…何かに不信感を抱いてしまう(涙)出口がない…

恥ずかしながら、思いつめる程に思いつめてないのに…
一睡も出来ませんでした。目を閉じると頭がガンガン痛んで、平衡感覚がグチャグチャになるような感覚がする…なんだか吐きそうになる(爆)
オエッ…て、なる。

誰も悪くないし…何が悪いわけでもない。

だからこそ…自分の無力さに激しい怒りを覚えますし…なんだか自分が試行錯誤してきた時間は何だったのだろう?寂寥感を覚えます。

誰だってこう思うでしょう?
「自分に関わる全ての人に幸せであって欲しい…それらの人々にはズット笑顔でいて欲しい!」自分にとって大切な人が涙する姿は見たくないし…もしも癒せぬ傷があるのならば、力を尽くしたいと思う。そして…遠回りでもいいから。障害があってもいいから。その人には、必ず幸せになって欲しい。

必ず幸せになって欲しい。そして笑顔でいて欲しいと思うのです。
しかし…どうにもならぬこともありますよね(苦笑)

むかし…ある絵本を読みました。
その世界の中では、高くて立派な「幸せ山」が聳えていて…そのすぐ横には、底が見えない…恐ろしいほどの深さを誇る「不幸の谷」がありました。その世界の住人は「不幸になりたくない!」その一心で、幸せの山を削り…その土で、不幸の谷を埋めてゆきました。

結果としては…「不幸の谷」は埋まってなくなりましたが…「幸せの山」も削られて無くなってしまいました。あとには何も残りませんでした。幸せも…不幸も無くなってしまったのです。

僕は一体これまで何をしていたのだろう?
この絵本の住人のように…「不幸の谷」を削っていたのでしょうか?「不幸になりたくない!不幸になって欲しくない!」結果として…残ったものは何であるのか?絵本の結末は「無」だった。僕の場合は…幸せの山を削り…さらに不幸の谷を深くしてしまったのかもしれない。残ったものは何であるのか?人を恐れさせるほどに荒んだ「僕」なのだろうか?

僕は人を恐れさせる…人を悲しませる。
生きてる価値などあるのだろうか?人に涙させる…人の傷をえぐり取る。そのような人間は消えてしまった方が良い。消えて無くなってしまえば良いのです(笑)

「人と接するときには等身大の人間として向き合いたい」、「人と接するときには誠実な心を以って接したい」、「出来れば向き合う人には幸せでいて欲しい」…笑わせますね。

何を言ってるんだ?聖人にでもなるつもりか?幸せって何なんだ?お前にそんな力があるのか?自分の力量を知れよ。お笑いだ!喜劇だ!笑え!笑ってください。オチもなく…面白い訳でもなく…人を不幸にする喜劇です。腹を抱えて笑ってみましょう。笑えるだけ笑ってみましょう。

消えて無くなれ…この世に塵ひとつ残すなよ(自爆)

僕だって一応は人間だ…人間以下の人間だ。
知らないことは山ほどにある。しかし「知らなかった?」その一言で済まないときもある。「知らなかったから…だから対応が出来なかった」 「はいはいそれは仕方がなかったですね~次からは気をつけようね?君は悪くないよ~」そんな一言で事が片付くほどに事態は単純ではない。

「悪い」or「悪くない」
僕は馬鹿で無力だけれども…そんな陳腐な言葉で納得できるほど単純な人間ではない(笑)気休めの言葉や優しさで安眠できるほど「完成された人間」ではない。救いようのない馬鹿ものだ。無価値で歪められている。そして取り返しのつかない…人を傷つける・・・。この世のあだ花なのでしょう。まずはピエロをお笑いください。
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by takedasikon | 2006-08-11 08:09 | そこはかとなく想う…

僕の最終兵器…

こんばんは♪前回はグダグダと意味不明な文章を書き連ねてしまい申し訳ありませんでした(汗)まだグダグダしていますが…頑張ってゆきます(謎笑)
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今日は久しぶりに大膳大夫カツヤの懐刀・アブーと会食を致しました♪
彼女のことは以前にブログで紹介いたしましたが…かれこれ10年以上の付き合いになる幼馴染です!本当に腐れ縁ですね(爆)どんな状況下にあっても、何故か僕を肯定してくれる奇特な彼女(苦笑)彼女の存在は…僕にとって文字通りの「最終兵器」なのです(自爆)

このブログでは彼女に対してアブーというコードネームを授けていますが…その由来は映画『アラジン』に登場するオサルのアブーです(失礼)

今となっては美人なOLである彼女ですが…出会った当初は、小っちゃくて、すばしっこくて…それでいて頭の回転が早い…アブーそのものにしか見えなかったのです(笑)だからアブー(^-^)

神経質で…つまらぬことに捉われ過ぎてしまう僕…
前回の記事で書いたような「ウダウダな悩み事」のことについて考えていると、今日もブルーになってしまいました(苦笑)

「こんな日は、なんだかアブーの顔が見たい…」
なんだか…意味も無くアブーに会いたくなってきました。

変なところで行動力満点の僕は、間髪入れずアブーの携帯に連絡(^-^;
すでに退社し自宅に帰っていた彼女でしたが…わざわざ三宮駅まで戻ってきてくれました。ありがたや…

待ち合わせ場所・JRの改札口で顔を合わせる。
「今日は特に用事はなかったんだけれどもね…なんとなく来てもらった」
今から思うと…我ながら何て最悪な言葉でしょうね(没)すまぬ…
「そんなことだろうと思ってましたよ」
今から思うと…なんて心の広い言葉なんでしょうね(笑)ありがとう♪

特に何をするという訳ではないのですが…ブラブラと散歩して、手ごろなレストランで食事をして…会話して…本屋で武田信玄の本を買って(苦笑)…喫茶店でウダウダと喋って…。

そんな中で段々と僕の心はほぐれてゆきました。アブーと僕は昔から感性と行動様式がよく似ています。だから一緒に時間を過しても緊張せずにリラックス出来るのです。だいたい…同じ映画を観たら、同じ箇所で感動しますし…同じ本を読んでも同じ箇所で涙します。心のリズムが同じなのです。行動様式では…示し合わせているわけではないのに…同じ場所で同時に滑って転んだりします(笑)同じ日に…同じ店で…同じ品物を買っていたりします(爆)なんだか意味不明ですが…どこかでシンクロしています(笑)

帰り道…彼女を自宅に送り届ける際の横断歩道。
赤信号に足止めされている間…空に浮かぶ綺麗な月に二人して見とれてしまいました。まん丸に輝く美しい月でした…

「綺麗ですね~♪」
「綺麗だね~♪空が高いね~」

何気なく交わせる一言が胸を暖めてくれます。アブー殿!今日は本当にありがとうございました。共に白髪になるまで友達でいて下さいね(^-^)

…と、それが言いたかった今日のブログ(笑)
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by takedasikon | 2006-08-10 01:54 | そこはかとなく想う…

グダグダな悩み事

こんにちは♪ 一ヶ月近くも更新を怠ってしまいました(^-^;
その間も沢山の人が当ブログに足を運んで下さったみたいで…
どうもありがとうございます。

最近とても忙しかったのと…恥ずかしながらパソコンがぶっ壊れてしまい(苦笑) なかなか更新することが出来ませんでした。 
現在は弟のパソコンを利用して、この記事を書いているのですが…パソコンの仕様が違うためか、種々の機能が上手く作動せず!無事に投稿できるかどうか非常に心もとないです(汗)
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うまく投稿できているか否か…よくは分からないけれども…取りあえず歩みを進めてみようか♪「テスト」の意味合いも兼ねて写真を貼り付けてみました。ちゃんと閲覧出来るかな?上載した写真は先月…N島さんと鎌倉を散策した時に撮影した蓮の花です☆

…久しぶりの投稿ですし…何について書こうかな?(苦笑) 
書きたいネタは沢山あることにはあるのです(笑)連載が途中でストップしている記事(山本勘助の謎・川中島合戦の謎…etc)も気にはなっているし…(爆)しかし、今日は…最近自分なりに考えていることについて愚痴ってみることにしよう…つまらない内容ですかれどもね。ははははは…

内容がグダグダなので(苦笑)グダグダになりたくない方は以下の文章を読むことを御遠慮下さい(^-^;

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このブログをご覧になって下さる方は、大概が僕にとって親しき人たちですから(笑)「僕のイメージ」というものは色々な形で、それぞれの方の中で形成されていることでしょう。 それぞれの方が、どのようなイメージを僕に対して持たれているのか…? 当人の僕としては非常に気になりますが…今ここでは関係のないことですね(笑)

初対面の方々は…大概、口を揃えて「物凄く落ち着いてるね」とか「何があっても焦らない人」とか「雰囲気がドッシリしている」などと肯定的に、僕のことを評してくれます。

けれども、「実像としての僕」は…そんな人物では全くありません(苦笑)

落ち着いているように見えるのは…単に僕が鈍くて(爆) 発言や仕草が、スローモーションとも言える程に緩慢な為でしょう。そして、ドッシリしているどころか…僕は、常に他者の顔色を窺っているような神経質な人間です。猜疑心も人一倍強いかもしれない。

実像ではない「虚像」が、あたかも僕自身であるかのように他者の目に映るとき…。自然な形で自己呈示が出来ていない自分と向き合わねばなりません。

そんな時。。。僕は、自然な形で…「自分にとって大切な人たち」と向き合えていないように思えるのです。これはとても寂しいことかもしれません。本当の自分は何なのか?

アイデンテティーを喪失しそうになる瞬間…どんな人間にも必ず、一度や二度は訪れるものだと思います。

そんな時に「僕は僕だよ」と自信を持って、自分自身に回帰するためには…自分自身の言葉、自分にとって真に大切な人の存在、自分の中の揺るがぬ正義、そして、自分の中にある「揺るがぬ温もり」(これは他者を守る際に必要なもの)が求められてくるのではないかと思います。

先日、ある人から次のような言葉を言われました

「大概の人は…会えば会うほどに、その人の本質が見えてくる。けれども、あなたは会えば会うほどに不思議な人だなと思えるようになってくる。ねぇ…あなたの本質はどこにあるの?」

僕の本質とは何なのかな?自分でもよく分からんよ。別に分らなければ…分らなくても問題はないのだけれどもね(自爆) だって本質が見えなくても…僕は僕だから。。。(笑)

しかし…自分の中の見えざる本質…その「核」となる存在が、変な方向に動き出すと、話は別だ。。。最近、僕は自分でも知らず知らずの内に周囲の人たちを傷つけてしまうことが多々ある。自分にとっては大切な人なのに…自分にとってはかけがえのない人なのに…。その人が涙したり、傷ついたり、苦しんだりする姿を見ることは辛いことだ。

ましてや、その原因が僕にあるとするならば…。自分自身の徳の無さについて、悔恨せざるを得ません。そんな時、とても自分自身が空虚に思える。自分自身の包容力の無さに怒りすら覚えます。

自分の中にある「言葉」が相手に伝えられない。自分自身の中にある「温もり」を相手に伝えられない。「相手を傷つけてしまった…」そんな一念が自分の中で肥大化すると…その想いは「猜疑心」へと変貌してゆきます。

「相手を傷つけてしまった」などと考えること自体が…傲慢な自分の断片のように思えてきます。「大切な人を傷つけた」そう思うたびに…猜疑心は「そんなに自分を褒めるなよ。お前は何様なのだ?」と僕に向かって冷笑するのです。

他者と向かい合うとき…僕は、出来るだけ誠実でありたいと思いますし。真心を持って接したいと思いますし。公平に接したいと思います。

そう思っていますが…現実にはどうでしょう?真心を持って人と接しているだろうか?公平な心で人と接しているだろうか?…本当に、そのような心で人と接しているのならば、大切な人を悲しませたり…苦しませることはない筈です。

自分の想いというものは…所詮は「絵に描いた餅」。単なる綺麗ごと…お題目なのかもしれません。このようなことを考え始めると「猜疑心」が、また一回り大きくなってしまうのです。

猜疑心が肥大化すると…素直な態度で、その人と接することが出来なくなってしまいます。猜疑心を乗り越える為には、偽らざる自分を自らの中に形成すること…そして「偽らざる温もり」を持って人と接することが必要となってくるのだろう。

僕は今一度「自分自身がなんたる者」であるのか…改めて自分に問い直さなければならない位置に立っているのかもしれません。

本当の優しさはなんであるのか?大切な人の幸せの在り方はどうあるべきなのか?自分の中の揺るがぬ正義とはなんであるのか?

その為には「他者の涙」の意味を理解しなくてはなりません。
その人が僕に抱いた「猜疑心」を僕は生涯かけても払拭できないかもしれない。偽らざる自分を自分の中に確立できないかもしれない…。

けれども…今の僕でもハッキリと言えることが何点かあります。僕はそれらの人々と出会えたことに今でも幸せを感じられますし…それらの人々のことを今でも大切に思っています。それらの人々には、いつも笑顔でいて欲しいし…幸せであって欲しいと思うのです。

すべてを包み込むような愛情を自分の中に宿したいと願っています。

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by takedasikon | 2006-08-05 18:03 | そこはかとなく想う…