武田信玄公の御生涯に深い敬慕の念を抱いている、管理人・大膳大夫カツヤの徒然なる日記を紹介致します。


by takedasikon
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

<   2009年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

本日5月25日は、不肖管理人・大膳大夫カツヤの誕生日です(笑)
バースディメールを送付して下さった方々、誠にありがとうございます☆

しかし、年々「誕生日」に対する意識というものは低くなってきています。。。
小学生の頃は「一大イベント」という認識があったのですが、不思議なものですね。

今日は、気分転換に(日々気分転換に明け暮れている私ですが:汗)京都を散策してきました。定期的に寺社仏閣でのんびりと時間を過したくなる性質なのです。今日は六波羅密寺の平清盛殿&空也承認、六道珍皇寺の小野篁殿などに会ってきました♪仏像サイコー!癒されます(^-^)

そして、古美術商をふらふらと逍遥。。。
「誕生日前だし…」という訳ではないのですが、また買い物をしてしまいました!
f0022982_1133571.jpg

月岡芳年さんの浮世絵「月百姿・武田信玄」です。

この浮世絵は今年の信玄公祭りのポスターにも採用されていました!富士山を借景にして月を眺める信玄公!絵になります。なんとなく文人としての優しい信玄公の様子が偲ばれて、気に入っている作品になります。また一つコレクションが増えました(笑)

にほんブログ村 歴史ブログへ
当ブログは「歴史ブログ」のランキングに参加しております。もしも記事の内容を気に入って頂けたならば、上のバナーをクリックして下さると嬉しいです(≧▽≦)
[PR]
by takedasikon | 2009-05-25 01:19 | 信玄公コレクション
私にとって至福の時…
それは美味しい珈琲or紅茶をゆっくりと喫しながら自室で読書をする時間です♪
何事も忘れて自室に引きこもり(オイッ:笑)窓から景色を眺めながら、飽きるまで好きな本を読み漁るのです。私は飽きっぽい性格なので、数冊の本を横に並べ摘み食いならぬ「つまみ読み」をするのが好きです。

眼が疲れてきたら窓からボーッと景色を眺めます。
幸い自室から見える風景は気に入っています。駅から歩いてくる人々。過ぎ行く自動車と電車。時には彼方から雨が近づいてくる風景や雷。そして夕焼けを楽しむことができます。

そんな私にも悩みがあります…
それは私が整理が出来ない人間であるということと…本を棄てられない性格であることに起因します。

つまり・・・
本が我が家で増殖を続けているのです(苦笑)

f0022982_14563699.jpg

私の部屋の本棚はキャパを乗り越えられてしまいました。仕方なくダンボールに詰め込んだ本を積み上げていっていますが天井にまで到達してしまいました(汗)仕方がないので私の本は家族の部屋へと進出していきますが…整理好きの家族からは非難轟々です。。。

仕方なくトランクルームに書庫を増設したのですが、ここのキャパもいつまで持つか。。。
知り合いでは「書庫」にするためにマンションの一室を購入した人がいますが、いまの私には経済的に無理です(笑)けど…書庫マンションは夢だなぁ~(^-^)

上の写真は家族の共有スペースに進出して、家族の逆鱗に触れた私の宝物です(笑)
殆どが武田本であることは否めません。本の上に山県昌景殿の兜のミニチュアを置いてみました♪
f0022982_14532773.jpg

私の部屋から見える景色。。。
家族には私の宝物たちも「無用のゴミ」としか映らないようで…頭を抱えています。誰か助けて下さい(自滅)

にほんブログ村 歴史ブログへ
当ブログは「歴史ブログ」のランキングに参加しております。もしも記事の内容を気に入って頂けたならば、上のバナーをクリックして下さると嬉しいです(≧▽≦)
[PR]
by takedasikon | 2009-05-23 15:06 | そこはかとなく想う…
じゃーん
いきなり濃い写真から始まりますが…(笑)
前回から引き続き『武田二十四将騎馬行列レポ』の続きになります。(写真向かって右から2番目が私です:笑)

f0022982_141720.jpg


今回のお祭りでは本当に素敵な体験をさせて頂いたのですが、その中でも管理人・大膳大夫カツヤにとって最も恵まれたのは「人」です。今回の騎馬行列では、本当に沢山の素晴らしい方々と知遇を得ることが出来ました。

写真は、「武者行列初体験」の私に懇切丁寧に御指南くださった!3名の同志たち&私です。甲斐武田家には、特に武略に優れた四名を指し「四名臣」という呼び名がありました。即ち山県昌景!高坂昌信!内藤昌豊!馬場信春!…それに便乗して(オイッ:汗)我々は勝手に『新・甲州四名臣』を自称しています(自爆)

新・甲州四名臣の面々は、写真左より…
秋山信友
史書によれば東国随一の美男子だったとか(笑)敵方の女城主と再婚することによって無血開城させた逸話は有名ですね。信玄からは、その外交手腕を買われ、対織田外交の責任者として堂々と信長と渡り合いました。as:鍋之介殿

土屋昌次
こちらも相当の美男子だったとか(笑)川中島の激戦の際には17歳。どんなに不利な状況に陥っても、信玄の身辺を離れず護衛し続け、賞賛の的になりました。また三方ヶ原の合戦では、敵将・鳥居信元と一騎打ちを演じて、その首級を挙げるなどやんちゃな一面も!長篠の戦いでは、織田方の馬防柵内に突入し、壮絶な討ち死にを遂げました。いまも柵内に残る墓前には美しい紫陽花の花が咲きます。as:桜風殿

武田信繁
武田信玄の4歳年下の弟。武田家の副将として信玄を常に支え続けました。常に控えめで温厚な人柄は周囲の人々から愛され、「信玄公を廃して信繁公を武田家当主に!」という動きまで起こりましたが、信繁は信玄の苦衷を誰よりも理解し兄・信玄を懸命に支え続けました。川中島の激戦では、兄・信玄の身代わりとなって壮絶な討ち死に!彼の残した99か条の家訓からは、学問を愛する高い教養の持ち主であったことが窺い知れる。as:わたし

山県昌景
武田家中最強部隊を率いた突撃隊長(笑)軍装を赤一色で統一した「赤備え」を率い、四隣の敵から恐れられました。武田家最盛期には、家中の最高職「職」にも任じられ、戦場だけではなく内政でも武田家の核としてオールマイティーな活躍を見せています。信玄逝去の際には枕頭に侍り、入京する幻を見た信玄から「明日はその方、瀬田に武田の旗を立てよ!」と命を与えられたとの逸話が残っています。このことからも信玄から深く信頼されていた様子が窺えます。as:じょーたろー殿
f0022982_1551744.jpg

↑カメラマンを前に白刃を交えるパフォーマンス!山県殿&信繁役の私 (笑)

この3名の名臣方には本当にお世話になりました。
ことの始まりは…秋山殿が私のブログへ来てくださったのがきっかけで、土屋殿&山県殿と引き合わせて頂けました。初めての武者行列で緊張していた私を、前夜に呑みに連れ出して頂き(待ち合わせ場所は、甲府駅前の信玄公像前:笑)そこで甲冑を着用した際の留意事項などについて御教授頂けました。本当に感謝しております。

嗚呼…新武田四名臣よ永遠なれ!(笑)

にほんブログ村 歴史ブログへ
当ブログは「歴史ブログ」のランキングに参加しております。もしも記事の内容を気に入って頂けたならば、上のバナーをクリックして下さると嬉しいです(≧▽≦)
[PR]
by takedasikon | 2009-05-03 15:14 | 武田信玄