武田信玄公の御生涯に深い敬慕の念を抱いている、管理人・大膳大夫カツヤの徒然なる日記を紹介致します。


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信玄公コレクションvol② 『武田二十四将図』

「武田二十四将騎馬行列」への参陣が決まり!徐々にテンションが上がり始めている大膳大夫カツヤです(笑)

少し手続きにミスがありまして、配役通知届けの到着が遅れています。…それだけに当日、どんな配役が当てられるのか…少年のようにドキドキワクワクしています♪ネット等を通じて、配役が決定している方の情報が徐々に私の耳にも入ってきています(情報化社会って凄いですね)。現在私が掴んでいる情報では武田信廉殿。穴山信君殿。秋山信友殿。山県昌景殿。原虎胤殿の配役が決定しているそうです♪

武田信玄公と栄えある武田軍団に深い敬慕の念を抱いている私としては、どのような配役が来ても幸せです。精一杯に当日は演じさせて頂きますね(^-^)

ということで、今日は私、大膳大夫カツヤが所蔵している『武田二十四将図』を御紹介させて頂こうと思います。
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私が最も大切にしているコレクションの一つです。縁があって私の手元に来てくれました♪写真では長すぎるので二分割していますが、実際は一枚ものの掛け軸になっています。結構大きくて全て広げると2mちょっとくらいの長さになります!

武将の鎧に「金泥」が沢山使用されていて全体的に明るい色彩が印象的です。
作者と制作年代ははっきりしていませんが、形式から江戸時代のものであることは確実であると思います。

【武田二十四将とは?】
武田二十四将とは、武田信玄を中心とした武田重臣群の集合写真のようなもの…と、捉えて頂けたら分りやすいですかね?写真上段の中央で、緋の法衣をまとい床机にドッカリと腰を掛け、右手に軍配団扇、頭には白頭の「諏訪法性兜」をいただき、周囲を睥睨しているのが総帥武田信玄公です!

ただ二十四将といっても、その顔ぶれの選定と人数はまちまちなんです(^-^;
まず人数からお話すると。信玄公を含めて24人を選定するもの。また総大将・信玄公をカウントせずに24人を選定するもの。信玄公とその子息・勝頼公をカウントせずに24人を選定するもの…などと、その選定方法は多種多様なのです。

また顔ぶれについても、選定方法はバラバラ!武田氏研究家・野澤公次郎氏は武田二十四将図を「江戸時代における武田武士人気ランキング」と評しておられますが、そのようなものであったと思います(笑)

【なぜ描かれたのか?】
江戸時代になると、戦国の気風や戦国武将の戦法・領国経営法などを学び直そう!という風潮が生まれました。その中で最も秀逸な手本とされたのが武田信玄公の戦法と領国経営でした!そのような中で信玄公の事跡をまとめた『甲陽軍鑑』という書物が大流行し、武士から一般庶民に至るまで多くの人々が武田武士の栄光の伝説に酔いしれることになり人気を博しました。

そんな中で、在りし日の栄光の武田軍を顕彰するために描かれたのが『武田二十四将図』です。製作者や制作依頼者の様々な想いが交錯して、選定方法も顔ぶれもマチマチなのです。だからこそ面白いともいえるのですが…。

管理人・大膳大夫カツヤの家にも(大した家でもないのですが:汗)「家系図」という形で仰々しい記録が残っています(汗)それによると当家も一応は甲斐武田氏の端くれなのだとか…。私の手元に、この二十四将図が巡りめぐってきてくれたのも、何かしらの縁ゆえかもしれません。

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by takedasikon | 2009-04-02 11:09 | 信玄公コレクション